第3回 野村HD 投資一任口座サービスのの開発

1.経緯

 2010年11月から開発業務を開始する
   野村HDは、日本IBMに開発を委託し契約を締結する
   既存のシステムをカスタマイズして開発することとなる

 システムの開発費用は、概算17億7900万円
   2013年1月に稼働開始することを目標に設定する

2.開発実態

 2011年2月25日に要件定義フェーズの終了、概要設計フェーズに進む
   開発が進むに従ってスケジュールが何度も見直され、
   個別契約が順次締結され、開発費用も増額されることになる

 2011年7月上旬の打ち合わせ
   IT戦略部部長から
     今後大きな工数追加が判明する可能性はないと念を押す発言
   だが、後日開かれた打ち合わせの場で新たな業務要件を追加
     今後も伝えきれていない要件が見つかる可能性があると発言する

 2012年7月から他のシステムとの連動テストを予定する
   日本IBMに対して同年6月末までの納品を要請するが、
   日本IBMは修正作業に時間を要し、
     2013年1月に稼働するためには遅くとも
     2012年9月末までに障害対応を終えて
     2012年10月末までに総合テストを完了する必要がある

 2012年8月24日に日本IBMは野村HDに
   スケジュール達成が困難であり品質上もリスクがあることを通知する

   野村HDは本件システムの稼働を断念し、
     既存のシステムを修正開発する方法を予備的に野村総研に委託する

   この時点で両社の本件システムへの出来は、
     野村HDとしてはあまりに品質が悪く完成見通しが立っていない
     日本IBMとしては約90%対応済みである

   その後、両社は開発遅延に対して検討を重ねる

 2012年10月に日本IBMが見直し計画を提案し
   システムの稼働開始を2013年9月とする

   野村HDは、同見直し計画が有効な解決策とは評価できず
     2013年1月に全ての個別契約を解除する旨を通知し、
     日本IBMに対し、総額約36億1500万円の損害賠償を請求する

   日本IBMは、総額約5億6300万円の報酬及び損害賠償を反訴する

3.地方裁判所での裁判

 東京地方裁判所での裁判
   2019年3月20日に野村HD有利な判決
     日本IBMが野村HDに対して16億2078万円を支払う
     日本IBMの野村HDに対する請求を棄却する

   要約
     システムの最終的な出来形と見直し計画について
       双方から意見書が提出され、裁判所の専門委員の説明にも照らす
       システムは、社会通念に照らして客観的に見て、
       IBMの見直し計画によって完成が確実であったとは認められず、
       野村HDにおいて完成や円滑な移行、稼働後の運用保守を
       危惧することもやむを得ないものであった
     本来予定された時期に稼働できず、
       仮に稼働させても不具合が生じるリスクを指摘されたのは
       稼働予定時期まで4か月程度しか残されていない時期であり、
       IBMが指摘したリスクが顕在化した場合には
       野村HDの顧客へのサービスに支障を生じさせるのであって
       野村HDとしては到底許容できないものと考えられる

     2014年8月の時点で履行不能を来したものと認める
       但し、開発はフェーズごとに個別契約が締結されているところ、
       各個別契約は、システムの稼働を共通の目的としているものの、
       契約目的の達成不能と個別契約に基づく
       個別具体的な債務の履行不能とは分けて検討する必要がある

       全ての個別契約を履行不能と評価することはできない

     野村HDに生じた損害は合計約19億1300万円であるところ、
       個別契約において責任制限条項が設けられているから、
       日本IBMが賠償すべき金額は受領済み代金額に限られる

     IBMの請求については、
       債務の本旨に従った履行が無かったので請求権が発生しない

4.高等裁判所での判決

 東京高等裁判所での裁判
   2021年4月21日にIBM有利な判決
     第一審とは正反対の判決となる
       野村HDが日本IBMに対して約1億1200万円を支払う
       日本IBMに対する請求を棄却する

   要約
     各個別契約の締結に際し、2013年1月の稼働させることは
     ビジネス上の目標であったことは容易に推認できる
     ビジネス上の目標が重要であるからといって、
     その目標がそのまま契約上の債務として合意されるとは限らない

     各個別契約は、フェーズ毎に分けて締結され、
     日本IBMが作業内容の実施を支援をすることや、
     プログラムを製作・納入することを債務として負う内容となっているが
     システムを完成稼働することや履行期限とすることが記載されていない

     したがって、各個別契約において、
     本件システムを完成して稼働させることや、
     履行期限を2013年1月とすることは、
     日本IBMの債務の内容として合意されていなかった

     各個別契約の履行不能について、
     履行が完了したものは履行不能になり得ず、
     履行が完了していないものについても準委任契約であるから、
     日本IBMとしては本件システムを完成させる義務ではなく、
     稼働を目標として誠実にサービスを提供すべき善管注意義務を負う

     本件システムが改善を要する点を多数抱えていたことは事実であるが、
     双方に原因があり、特に基本設計フェーズに入った後も
     野村HDが変更要求を繰り返して工数の著しい増大を繰り返した
     ことに、より大きな原因がある

 日本IBMには債務不履行がなく、野村HDの請求には理由がない
   日本IBMが履行を完了した部分については報酬請求権が成立し、
   履行が完了していない部分についても
     出来高払い制で支払う旨の黙示の合意を推認できるから、
     報酬請求権が発生する

 2021年12月までに上告を取り下げ、第二審の判決が確定する
   野村HDが日本IBMに対して約1億円を支払う

5.変更要求の内容

 会社の方針は海外製パッケージソフトに合わせて業務を最適化する
   投資顧問部の次長は方針に反して自身の現行業務を維持することに固執
   追加要件を多発し、IBMに対して辛辣な他罰的、攻撃的発言を繰り返す

 概要設計フェーズの開始直後から
   要件定義書になかった追加要件が野村証券から多発する
   設計・開発やテストフェーズに入っても変更要求は続出し、
     2013年1月の稼働を諦めて総合テストの中止を判断するまで続く

   判決文で「自分の庭先をきれいにすることだけを考えている」と認定

6.まとめ

 組織的に不備な点
   コントロールできなかった情報システム部門
   状況に振り回された日本IBM

 第二審が重視した点
   個別契約の評価違いという点と
   野村HDが業務を日本IBMに伝えるにあたって、
     特定の業務が属人化しており早期の段階で伝えることができておらず、
     システム開発部門と営業部門の意思疎通が希薄であり、
     属人化した特定の業務を担当者が改善要求を小出しにしていた

   ユーザー企業側の責任を問題視する
     工数削減提案に十分に応じなかった
     途中で追加要件を多発したりする